ワンクール恋愛女の結婚道Vol.3

恋愛がワンクール(3か月)しか続いたことがない、恋愛コンプレックスの塊だった筆者。26歳のときに出会った男性と1年半の交際を経て結婚しました。結婚・恋愛に悩む方のサプリメントになるコラムをお届けします。


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先日不覚にも、夫の前で初めておならをしてしまいました。しかも音声オンのおならです。音は小さめな「プッ」でしたが、室内は他に音がなかったため、明らかに異質な音が響いたはず。そんなときに限って、リビングで畳んだ洗濯物を持つ私、その向かい側に立つ夫と、妙に近い位置で立ち話をしていたのです。
内心「これはマズい」「おならに似た何らかの音が出たことにしよう」と慌てました。すばやく別の動作に移ることで、なんとか誤魔化したというか、取り繕ったというか、その場をうまいこと切り抜けようとしたのです。

果たして夫はあのとき、私のおなら音に気づいていたのか、それとも聞こえていなかったのか、今日まで確かめるつもりはありませんでした。ただ、このコラムを夫に読まれる可能性は充分考えられるため、思いきって尋ねたところ、まったく気づいていなかったそうです。あぁ、それなら聞くんじゃなかった。

おならがプッと出てしまった瞬間、私はうろたえただけではなく「ついにここまで来たのね」と、ある種の感慨深い気持ちも抱いていました。夫が私にとって良くも悪くも「限りなく気を抜ける存在」になっているのだと確信したからです。実は結婚して半年以上経った頃から、夫を認識する記号が「男性<家族」に変わっていたのを感じ取っていました。

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同棲~結婚したばかりの頃を振り返ると、夫を認識する記号は間違いなく「男性」でした。だからこそ、絶対に彼の前でおならなんてするものかと、出そうになってもおしりの穴を必死で引き締めていたのです。あるいは場所を移動しておならをするくらいの配慮や気遣いはあったように記憶しています。

しかし、今では夫の前で無意識のうちに、気合レスな腑抜けた行動をしている私。音を立てずにおならをしたり(決して音は出したくないのです)、色的に上下の組み合わせがおかしい部屋着を着たり、お風呂あがりにバスタオルを巻いただけの姿で行動したり……と、かつては確かに存在していたはずの「恥じらいの感情」が、見事に失われつつあるのでした。
「オシャレな部屋着で自宅でもステキな私でいよう」と思っていた。洗面所で部屋着をまとってからリビングに移動していた。バスタオルで身体を隠した状態で室内を歩き回ることすら照れがあった。これらの思いにはすべて「昔は」がつきます。

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最後にメークに関する話を少し。それこそ付き合い始めた当初はフルメークで武装していたものですが、徐々に何らかの工程が省かれ始めました。マスカラ、チーク、眉マスカラなどのいわゆる「非主要アイテム」を使わなくなっていたのです。
ついには近所の飲食店へ外食に行くときも「誰とも会わないからいいよ」「●●●●駅(最寄駅)から電車に乗って出かけない限り、メークはしない主義だから」「休日は肌を休めたい。すっぴんの肌がキレイな方がいいでしょ?」など、それらしき理由を挙げて、できる限りメークをサボるように……。

このときも今思うとまったく無意識のうちに、「誰とも会わないからいいよ」の「誰とも」には、彼をカウントしていなかったようです。これを聞いたときに、彼はどんなことを思っていたのでしょうか。悲しくて聞けない。ごめんなさい。

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いつしか彼を「家族」としてしか意識しないようになっていたため、まったく飾らない微妙な、かつ素の姿を見せるようになっていたのでした。しかし今から数か月前、お互いが感じていた不満を話し合う機会がありました。

そこで私は彼から「ふたりで外出するときはメークをしてほしい」と言われたのです。彼が唯一感じていた不満は「デートの日に私がメークをしないこと」で、それに対して驚いたのを覚えています。
彼の言い分はこうでした。「メークをした園子さんと出会って、メークをした園子さんを好きになった」。あえてひねくれた拡大解釈をすると「すっぴんは好きではない」とも受け取れますが、ハッとしましたし、うなだれるしかありませんでした。

旅行中もメークするようになりました。たとえ薄めでも「メークすること」が夫婦間の礼儀!?

それ以後、彼とふたりで外へ出かけるときは、たとえ近所の飲食店で1~2時間食事をするだけであろうと、サッとメークするようになりました。服はシンプルでも顔だけはきちんとつくるのです。これだけでわずかでも緊張感が生まれます。

この試みには効果があったようで、私が抱えていたとある不満は解消され、彼も「きちんとメークしている私」と接することで、一切の不満を抱かなくなったようです。あの話し合い以降、私たち夫婦は良好な関係性を保っているはず。

恋が愛へと形を変え、パートナーに対し愛情を抱くようになるのは素晴らしいこと。それは家族になるということ。だからといって、たとえ家族になろうとも、100%完全なる「家族」化してはいけないのだと気づきました。男と女の部分を数%でも残しておかないと。さもなければ、また油断しておならをしてしまいそうです。

2014.08.22

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記事を書いたのはこの人

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Written by 池田 園子(いけだ そのこ)

岡山県出身。中央大学法学部卒業後、楽天、リアルワールドを経てフリー編集者/ライターに。関心のあるテーマは女性の生き方や働き方、性、日本の家族制度など。結婚・離婚を一度経験。11月14日に『はたらく人の結婚しない生き方』を発売。 写真撮影ご協力:青山エリュシオンハウス 撮影者:福谷 真理子