女子ライター、キャリアを考える。Vol.1「会社員からの転向」

こんにちは、池田園子です。2011年からGoogirlで書かせていただいている、ライター/編集者です。かれこれもう4年以上。早いものです。
そのあいだに私は会社員と「兼務」していた兼業ライターから、筆一本で食べていく専業ライターになりました。本連載ではライターとして食べていくためのリアルについて語っていきたいと思います。

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近況をすこし

現在は、Web媒体でITやマーケティング関連の取材モノ、人物インタビューを中心に書いたり、記事の企画・編集の仕事をしている私。今秋からはご縁と運に恵まれ、数年前からやりたくてたまらなかった書籍の編集協力・構成の仕事もはじめました。著者の方に話をしていただき、それを1冊の本にまとめる裏方的な業務です。
今の私には発信したいテーマがないことも関係しているのかもしれませんが、自身で書く時間を確保できない忙しい著者さんの「お手伝い」に、やりがいを感じています。私がサポートすることで、スゴい人の言葉が世に出て、人々を勇気づけたり彼らの行動を変容させたりする――それは素晴らしく価値ある仕事だな、と思います。
近況はそれくらいにしておいて、Vol.1ではIT系の会社員だった私がライターになったきっかけについてお話していきます。

小学生のときから文章を書いていた

20年近くさかのぼるることになりますが、小・中・高と地元の岡山県に住んでいた頃、私は新聞投稿欄の常連でした。投稿をはじめた理由は、おこづかいが少なかったから。「どうしてこれだけしかもらえないの? 足りないよ」と母に不満を訴えると「自分で稼ぎなさい」と言われました。そこで、稼ぐ手段として教えてもらったのが、新聞の投書欄だったのです。
採用されると地元の新聞だと2,000円、『朝日新聞』のような全国紙だと3,000円がもらえました。1か月500円程度のおこづかいしかもらっていないと、2,000~3,000円は相当な大金です。というわけで、お金目的で投稿を続け(笑)、月1~2回ほど採用されては、ちょっとしたおこづかい稼ぎをしていました。その過程で、自分は「書くことが好きだ」と気づきます。幼い頃から日記を毎日書く子どもだった私は、何かしら書いて記録に残すことが大好きだったのは確かでした。
中学生の頃は投稿と並行して「ポエム」も書いていて、それも新聞の「創作コーナー」に投稿し、月5,000~6,000円ほどのお金を稼いでいたのを覚えています。

マガジンハウスに落ちて楽天へ

それから時は流れ、2008年に就職活動をしていた私は、当時愛読していた『anan』を発行するマガジンハウスを受けました。「とにかく『anan』を作りたい!」という強い気持ちがあったため、他の出版社を受けることなく、マガジンハウスだけを受けるという暴挙に出たのです。
結果は不合格。数千人の応募者に対し、2~3人しか採用しないわけですから、相当な狭き門。ガッカリしましたが、出版系の次に興味のあったIT系の会社を受けて、新卒で楽天に入社しました。楽天では、「インフォシーク」というポータルサイトを運営する部署に配属されます。何らかの形でメディア事業に関わりたい、と願っていた私にとって、狙い通りの展開でした。しかし、当時担当した仕事において「文章を書く」といった業務はありませんでした。

2011年、Googirlで書きはじめる

それでもIT系の仕事は楽しくて続けていましたが、その後、同じIT分野でも別のやりたいことができて転職。リアルワールドという会社に入り、ここでもメディア運営の仕事を任されました。自分の担当メディアで「女性ユーザーを増やそう」といった目標ができたのを機に、女性をターゲットにしたWebメディアをひたすらチェックし、女性の視点を研究する日々が訪れます。
そんな中、偶然Googirlと出会い「ライター募集」のフォームを発見した私の内部で、おさえこんでいた「書きたい欲求」がフツフツとよみがえり、その瞬間に応募していたのです。ありがたいことにすぐに返信をいただき、兼業ライターとして書きはじめたのが2011年のことでした。

「イケメンWeb男子」企画を作った

最初は恋愛系の記事をメインに書かせていただき、途中から「イケメンWeb男子カタログ」というインタビュー企画もはじめさせていただきました。これは、私が当時IT系の会社に勤めていたこともあり、「Web(にまつわる仕事に従事している)男子」が好きで、彼らと出会いたい、彼らの話を聞きたい、といった「下心」から生まれた企画。
当時ハマっていたTwitter上で見つけたイケてるWeb男子に声をかけ、ひとりひとり取材をさせてもらっていました。記事によってはSNSでかなりバズり、感激したのを覚えています。会社員で、毎日遅くに帰宅していたため、取材はもっぱら土日のどちらか。それでも、初対面の気になる男性の話を聞くのは楽しくて、書いている瞬間もワクワクしっぱなしでした。

次回は兼業から専業への切り替え時を振り返ります!

同時にPouchという女性向けWebメディアでも執筆をはじめました(現在はやめています)。こちらもライター募集のフォームを見つけ、Googirlの後に応募・面接を行い、はじめたもの。恋愛記事をメインに、ときどき翻訳記事を担当していました。
会社員兼ライター時代は、GoogirlとPouchの2媒体に書いていたのです。あぁ、懐かしい。執筆時間は退社し、自宅でほっと落ち着いた深夜1時~3時頃。睡眠時間が少なくなろうと気にならないほど、書くことが楽しかった時期でした。
次回は、兼業ライターから専業ライターへ切り替えたときのこと、当時は本当に稼げていなかったことなど、リアルな話をお届けします。

2015.12.10

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記事を書いたのはこの人

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Written by 池田 園子(いけだ そのこ)

岡山県出身。中央大学法学部卒業後、楽天、リアルワールドを経てフリー編集者/ライターに。関心のあるテーマは女性の生き方や働き方、性、日本の家族制度など。結婚・離婚を一度経験。11月14日に『はたらく人の結婚しない生き方』を発売。 写真撮影ご協力:青山エリュシオンハウス 撮影者:福谷 真理子