ママとして「他の子を注意する・我が子が注意される」ことについて考える

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宮野茉莉子

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2014.08.02.Sat

ママになれば我が子を子育てするのはもちろん、「他人の子を育てる」機会も出てきます。1~2歳も過ぎれば、支援センターや児童館、保育園や幼稚園などで他の子と触れ合う機会も多いもの。
ママに成り立ての頃は、「お友達に失礼なことしないかな?」とヒヤヒヤしたり、「とにかく謝らないと!」と気を張っていました。子どもも幼稚園に入って1年以上経ち、最近やっと、この緊張感が解けてきました。

ママ同士だからわかる「我が子可愛さ」

これまでの人生で、ママになったときほど「人間も動物だ」と実感したことはありません。考えるより先に、「我が子が可愛い、我が子を守ろう」という本能が働く、ママという生き物。頭で考えれば理不尽だと分かることでも、真っ先に、抗えない愛情&防衛本能が働いてしまうのです。
そのため、他人の子を注意するのは苦手でした。ママ同士だからこそ「我が子可愛さ」も分かり、ヘタに注意したら、相手に嫌われるかもしれない。冷たい態度や言葉をかけられるかもしれない。そんな気持ちがありました。
それは我が子が注意されたときも同じで、謝りつつ反省しつつも、どこかションボリしてしまう部分がありました。
そんな感情がまっさら消えたのが、我が子が3歳半になってからです。

注意されることは子どもにとって大きなプラス

なぜそんな感情が消えたのでしょうか? それは子どもが一人前の人間になるためには、「他人から注意されることが大きなプラスになる」と実感したからです。
たとえば、「痛いからお友達を叩いちゃいけないよ」と教えても、子どもは叩きます。口で伝えただけでは、理解していないからです。
口で伝えるだけでなく、叩いた子に叩き返されたり、叩いた子が泣いてしまったり、それを見ていた親以外の大人に本気で叱られたり、逆に叩かれて痛い思いをしたり……こういった経験を繰り返して、やっと「痛いし悲しいから叩いてはいけない。暴力をしても解決にはならない」と子どもは実感します。
マナーも、しつけも、コミュニケーションも、思いやりも、感謝の気持ちも、口で言うだけでなく、自分で経験して、いろんな大人に注意してもらって、やっと実感するのです。……それは、大人である私たちも同じではなかったでしょうか?
だからこそ、親以外の人に注意されるのは、子どもの人生にとっては大きなプラスの経験。注意されなければ何も感じることなく、永遠に分からないままでしょう。注意の機会は、有り難い機会です。もちろん人によって叱り方は違いますが、それも社会経験。ママが後で説明してもいいでしょう。

褒めるもの叱るのも分け隔てしない

今となっては、褒めるのも、叱るのも、我が子と他の子を分け隔てしません。そうするとヒヤヒヤすることもなく、お互い様なことも多いと気付きました。我が子もこれから親の目を離れ、いろんな人に触れ合う機会が増えていきます。そういった意味でも、親以外の大人との触れ合いに、慣れていってほしいと思います。

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宮野茉莉子

84年生まれの哲学ライター。東京女子大学哲学科卒業。野村證券を退職後、2011年よりライターへ。主に生き方や働き方について、哲学を交えた本質を探る記事を執筆。他、子育て、夫婦、FPとしてマネーなど、6媒体で執筆中。愛雑誌は『PRESIDENT』。現在一男児子育て中。
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