「仕事もお金も彼氏も“ない”。コンプレックスを開示したら楽になった」尾崎ムギ子【園子の部屋#12】
編集者/ライターの池田園子が、そのときどきで気になる人、話を聞きたい人に会いにいく連載企画「園子の部屋」。
第12回目はライターの尾崎ムギ子さん(以下、敬称略)。ムギ子さんが「日刊SPA!」で連載していた、プロレスラーのインタビュー企画「最強レスラー数珠つなぎ」が書籍化されるのを知ってから、一読者として純粋にうれしかったのと、お祝いの言葉を伝えたかったのとで、ムギ子さんにお会いしてきました。
36歳女性ライターの独白に惹かれる
池田: 出版おめでとうございます! 連載スタート時から読者でした。
ムギ子さん(以下、ムギ子): ありがとうございます。うれしいです!
池田: 書籍『最強レスラー数珠つなぎ』(イースト・プレス)には、連載時にはなかったムギ子さんのモノローグ(独白)が入っていました。あの部分、夢中になって読みました。
ムギ子: 担当編集さんから、モノローグを入れたらどうですかと提案されて、入れることにしたんです。
池田: 「プロレスTODAY」という媒体で、この『最強レスラー数珠つなぎ』が紹介されていました。
そこで担当編集からのコメントとして、「コミュニケーションが苦手で、仕事も少なく、恋人もいない自分の人生をオーバーラップさせながら、まさに振り絞るようにして書いたのが本書です。インタビュー以外の部分、読みどころです」(一部抜粋)とありました。なるほど、そういうことだったんですね。
ムギ子: 共感を得られやすい要素を……と思って、仕事が少ない、お金がない、恋人がいない、という状況を綴っています。あと、「話すのが苦手」という一番のコンプレックスも追加しました。
コンプレックスは発信すると楽になる
池田: 「ライターの仕事だけでは食べていけなくて、工場でバイトをしていた」「酒浸りと睡眠薬頼みの日々」「男性と恋愛すると最大1か月半しか続かない」など、さらけ出しにくそうなことも、思い切って書かれていましたね。
ムギ子: 書いていて病みました。親や親戚、友達も見るだろうから恥ずかしいし、私のモノローグにニーズがあるのか疑問で。連載当時、前田日明(まえだあきら)さんの回で、病気の話(卵巣に腫瘍が見つかったこと)を書いたら、「あなたの話はいらない」と言う人もいたので。
池田: 私は他のインタビュー集にはない魅力を感じました。あの連載と格闘しながら、自分の人生とも闘うムギ子さんの生きざまを見て、自分も生きている限り闘い続けなくては、と思えたので。
ムギ子: うれしいです。Googirl読者さんにも伝えたいのが、コンプレックスは発信していい、ということ。私の場合は、話すのが苦手と書いたことで、前よりも話せるようになったんです。書いているときはつらかったですが、結果的に心は楽になったんです。周りに宣言してしまえばいい方向に進んでいくかもしれません。
「数珠つなぎ」にしたから得られたこと
池田: 約20人のプロレスラーをインタビューされてきました。連載名が「数珠つなぎ」とあるように、インタビューを受けたレスラーが“次のレスラー”を指名していく仕組みです。人選を他人に委ねる連載って、書き手としてはどんな気持ちなんでしょう。
ムギ子: 生きた心地がしないですよね。連載開始前は新日本プロレスとDDTしか見ていなかったので。
池田: 連載に登場するレスラーのほとんどが、全日本プロレスや大日本プロレス、プロレスリング・ノア、ドラゴンゲート、ランズエンドなど、その2団体以外に所属する人たちでした。
ムギ子: だから必死に勉強していました。1人目の佐藤光留さんが指名したのが、全日本プロレスの宮原健斗さんで。そこから全日本プロレスを見にいって、本や記事を読んで……と、ひとり取材するのに準備期間を1か月くらい取っていました。
池田: 知識がないと下地作りに苦労しますよね。悩んだり、もがいたりすることもありながら、連載を進めていた印象も受けましたが、関本大介さん(大日本プロレス)の取材後、ムギ子さんの中で何かが吹っ切れたように見えました。
取材中の「放送事故」のおかげで
「わたしはわたしなりの記事を書けばいい。わたしにしか書けないものが、いつかきっと見つかる」(148ページより引用)
ムギ子: 関本さんのインタビューは、ターニングポイントのようなものでした。関本さんをもっと知りたいし、また記事を書きたいと思えたし、あの日をきっかけにインタビュー中、変に緊張しなくなったんです。
池田: 他のレスラーと何が違ったんですか?
ムギ子: 関本さんはけっこう人見知りで、私もすごく人見知りで……。インタビュー中、お互い無言になってラジオなら放送事故レベルだな、って状況になったんです。
池田: 想像して笑っちゃいました。
ムギ子: だけど、あのインタビューがあったおかげで、“間”が怖くなくなりました。その後、関本さんの自伝『劣等感』(ワニブックス)の編集協力もさせていただき、関本さんは恩人のひとりだなと思っています。
人生はハッピーエンドじゃなくていい
池田: 本書の最初(インタビュー)と最後(対談)に登場した佐藤光留さんも、ムギ子さんのライター人生を大きく変えた人のひとりですよね。
ムギ子: 間違いないです。対談中「(約2年半前のインタビュー時と比べて)私は成長していますか」と質問すると、「視野が狭くなっている」と言われました。でも、それは成長なんだと。「狭くなったら1回閉じて、閉じたら必ず大きくなる。閉じているときにしか出ない意見はある」と言ってもらえて。
池田: いい話ですね。“閉じている状態”を活かして、これからもムギ子さんにしか生み出せない記事を書いてほしいです。そういえば、本書に登場したレスラーひとりひとりに本を渡しに行っているんですよね。佐藤さんは書籍を読んでどんな感想を話していましたか?
ムギ子: ツイートでは「全くハッピーエンドにならない素敵な本」と紹介してくれていました。でも、人生ってそんな感じじゃないですか。いいことがあれば、悪いことが起きて……というのを繰り返して。
池田: 同感です。人生の本質を伝える本だと感じました。私はムギ子さんが書く文章のファンなので、連載の続きや次作を楽しみにしています。今日はありがとうございました。
▽ ゲスト/尾崎ムギ子さん
1982年4月11日、東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業後、リクルートに入社。求人広告制作に携わり、2008年にフリーライターに。「日刊SPA!」「ダ・ヴィンチ」などでプロレスの記事を中心に執筆。プロレス本の編集・構成も手がける。『最強レスラー数珠つなぎ』(イースト・プレス)がデビュー作となる。ツイッターは@ozaki_mugiko
アンケート エピソード募集中
▽ Twitter: 尾崎ムギ子(@ozaki_mugiko)