秋の夜長にぴったり! ピース又吉さんが愛してやまない一冊『窓の魚』
人は誰しも、コンプレックスや誰にも言えない悩み・秘密・トラウマを多少なりともかかえて生きています。あるていど自分のなかで折り合いをつけ消化できればよいのですが、なかなかうまくいかない人もいます。その感情の裏返しで、自分がもたないものを持つ異性に惹かれたり、恋人にゆがんだ愛情を抱いてしまったりすることも……。
『窓の魚』(西加奈子/新潮社)
そんな人間の心の陰の部分を、ていねいに繊細にえがいているのが、西加奈子さん著の『窓の魚』です。
西加奈子さんは、映画化された『きいろいゾウ』をはじめ、ファンタジックな作品やユーモアの効いたほんわか温かい作品のイメージが強いですが、こちらはいい意味でそのイメージを裏切られます。作品全体にただよう平穏さ・あやしさ・濃い陰影が印象的です。
いっぽうで、視覚的な描写がとても豊かな点は西さんらしく、情景が目のまえにありありと、ときに鮮烈なほどに浮かびます。
ストーリーを少しご紹介!
季節は初秋。物語は男女4人、2組のカップルがひなびた温泉宿に向かうところからはじまります。それぞれ個性のぜんぜん違う4人の、なんとなくかみ合わないやりとりを中心にストーリーは進みます。そして翌日、宿泊先の温泉宿で、一体の遺体が発見されるという事件が――。
この作品の特徴のひとつが、章ごとに語り手がかわることです。つまり4人が順番に、それぞれの目線でこの温泉宿でのできごとを語ります。
その過程でそれぞれのキャラクターの輪郭がはっきりしていくとともに、かかえる心の闇が少しずつ読者に明らかになり、謎だらけでなにもわからなかった物語のパズルのピースが、少しずつ埋まっていきます。
またこの4人以外にも、宿の女将やほかの宿泊客などがその夜について語った内容が間にはさまれており、それによって物語はあつみをましています。
読み手に「残るもの」が多い小説
そしてこの物語は、多くの謎を残したまま終わります。事件に関する謎、4人の心の傷や秘密に関する謎、そしてその傷やゆがみは今後いえるのか――。
作品の余韻にひたるもよし、自分なりの解釈や推理を深めるもまたよし。さまざまな味わいかたができます。一度通読して4人の内面が見えたところで、もう一度あらためて最初から読み返したくなる人も多いでしょう。とくに物語序盤は、一度めとはまったく違う印象で読めると思います。
新潮文庫の「ピース又吉が愛してやまない20冊! フェア」にもとりあげられている作品
芥川賞受賞ですっかりときの人となったピース又吉さんが、新潮文庫の中からおすすめの作品を20冊ピックアップしてらっしゃいます。この『窓の魚』もそのなかの一冊です。又吉さんの作品のファン! という方も読んでみてはいかがでしょうか。
秋の夜長にしっとりと読書したい、物語の余韻にひたりたい、そんなときにぜひオススメの一冊です。