婚活に、就活に…思い悩んだときに知っておきたい禅語5つ

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宮野茉莉子

Written by:

2014.05.25.Sun

自分の人生を左右するもの、特に婚活や就活、転活は、大いに悩みますよね。「どの条件も捨てがたく、何も選べない……」なんて思い悩むことも多いでしょう。
今回は哲学を専門とする筆者が、思い悩んで答えが出ないときに思い出したい禅語を5つご紹介します。

「眼横鼻直」

眼横鼻直とは「眼は横に並び、鼻は真っ直ぐについている」という意味です。「そんなの当たり前では?」と思いますが、これはかの有名な道元の言葉。
「ほんとうの自分が分からない」「自分がどうすべきか分からない」と思い悩むことは多いですが、眼が横に並んでいるように、鼻が真っ直ぐ付いているように、ありのままの自分はここにいます。問題は「ほんとうの自分」ではなく、ほんとうの自分に「気付く目や意識を持っているか」。
私たちはつい、損得勘定や見栄、プライド、世間体に惑わされがち。「眼横鼻直」はとても簡単な禅語ですが、日々実践するにはとても難しいでしょう。

「放下着」

放下着は「何もかも捨てろ!」という意味。禅では「今この瞬間」だけを見ます。過去の栄光や失敗も、未来の希望や不安も、すべて取り払って今だけを見ます。嫌なことも、良いことも、全て捨てます。
そうするとほかに気を奪われることなく、今この瞬間に本気になれます。今実際に私たちが手に取れる現実は、「今」この瞬間しかありません。目の前にある今に全力で打ち込むことが、何よりも大切でしょう。

「木鶏鳴子夜」

「木彫りで作った鶏は、午前0時頃に鳴く」という意味。普通鶏が鳴くのは、朝ですよね。夜中に鳴く鶏は、常識に捉われていません。鶏は、別に鳴きたいときに鳴いてもいいのです。
私たちが「常識」「普通」だと思っていることも、「あれはあり得ない」と思っていることも、実は捉われる必要はありません。常識を鵜呑みにするのではなく、自分の体で感じ、頭で考える。その方が行動も活き、心も満足し、悔いは少ないでしょう。

「自己を習うというは、自己を忘るるなり」

ここでの「自己を忘るる」とは、「自分に執着しない」ことをさします。「~のためにこれをしよう」「~にプラスになるからあれをしよう」など目的や損得を考えず、自分を忘れて一心に集中すること。それこそがほんとうの自分です。
たとえば寝るのも忘れて好きな本を読むのに没頭したり、健康ではじめたヨガの勉強を始めたり、インドに赴いたり。自己執着を忘れて夢中になるものこそ、ほんとうの自分のあるものです。

「看脚下」

文字通り、「自分の足元を看よ」という意味です。思い悩むと人の動向をうかがったり、人に意見を求めがちです。しかし結局どんな悩みでも、今の自分の状況を看ること、自分に答えを求めることが1番です。

いかがでしょうか。どれも答えは自分が知っていることをときますが、ありのままの自分を知ることが、1番できないのですよね。普段はできなくても、禅語で思い出すだけでも十分ですよ。

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記事を書いたのはこの人

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宮野茉莉子

84年生まれの哲学ライター。東京女子大学哲学科卒業。野村證券を退職後、2011年よりライターへ。主に生き方や働き方について、哲学を交えた本質を探る記事を執筆。他、子育て、夫婦、FPとしてマネーなど、6媒体で執筆中。愛雑誌は『PRESIDENT』。現在一男児子育て中。
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