「イケメンWeb男子カタログVol.14」 豊田崇史さん

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Googirl編集部

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2011.09.30.Fri

第14回目のゲストは豊田崇史さん(28)。株式会社オプトでSEMコンサルタントとして勤務する、お兄系イケメンWeb男子です。
豊田さんをイケメンWeb男子に推薦してくれた、後輩の新部さんによると「推薦した理由は、以前していただいた研修で女子に大人気だったからです(笑)。あととにかく後輩思いで優しく、勉強会なども開いてくれるすごい先輩なんです」とのこと。中目黒にあるオシャレカフェ「中目黒LOUNGE」で色々なことを語っていただきました!

今はどんなお仕事を?

豊田さん(以下、T)「株式会社オプトへ新卒で入社して以来、SEM(サーチエンジンマーケティング)コンサルタントとして働いています。営業に同行して、クライアント先で専門的なマーケティングの話をする役目です。今は現役を退いていて(笑)、部署のマネージャーとして下の子たちを見ていたりします」

オプトへ入社された経緯は? またオプトはどんな会社?

(T)「たまたまでした。前日でも予約ができる説明会だったんですね。そういえば明日予定ないわ、と思って参加することにしました。当時は何か怪しい会社だと思ってました(笑)。まだ150人くらいの会社だった頃で。僕、社会人になりたくなかったんです(笑)。ラフに働きたかった。広告マンはネクタイを締めなくても良いイメージで、なりたいなと。またネット広告だと食いっぱぐれないだろう、とも思っていましたね。
今は1000人ほどの会社になってます。2~3年で人がどっと増えました。僕が入った頃は1フロアですべて見渡せるほどでしたけどね。今の役員とかがその頃は営業部長をしていたり。昔はエッジの効いた感じでした。怒られて、1日中正座させられてる人とかもいたくらい超体育会系的な(笑)。新卒はびくびくしてました。近年はそれと比べて、かなりスマートになってきています。体育会系さはなくなったかも」

新卒の頃、苦労したエピソードを教えて下さい。

(T)「1年目は一番仕事が上手く回らなかったですね。働き過ぎて片足が動かなくなったんです。徹夜し過ぎて脚の神経が抜けた、らしい(笑)。特に親指の神経でした。帰り道に前を歩いている女性がやたら振り向くなぁ、何か付いてるのかなぁと思ったら、歩く度に足がパタンという謎の音をさせていたみたいで。これは半年治りませんでした」

2年目からはどう変化していきましたか?
(T)「そんな1年目を乗り越えて、2年目からは比較的順調でした。初めて部下を持つことになったのですが、何して良いか分かりませんでした。責任を持たされたこともあり、チームの半分の売上を死守することを頑張っていました。部下を育てるときですが、基本はやってみせていました。背中で教える感じ。僕が育てた部下はMVP獲りました。それくらいデキる子でした」

どちらかというとデキない子には、どう教えますか?
(T)「デキない部類に入る子には、時間はある程度使いますね。やはり何でも簡単にこなす子とそうでない子がいますからね。真摯に時間を使うことが大事です。休みの日も付き合っていた経験はあります。細かく見てあげないといけないなと。
デキない子の場合、最初は仕事の進め方のいろはも分かっていない状態なので。言葉で伝えるだけでは分からないんです。手取り足取り地道に、尻を叩く感じで(笑)。叱ることは体力を使うので、あまりしません。そもそも怒ることで効果は何もない。ミスは起きることが前提なんです。新卒が多いとそれは仕方のないこと。なので、挑んでミスしてしまった場合、僕は怒りません。
逆に動かないでモジモジして何にも挑戦しない、というのには怒ります。人を育てることは好きです。昔は教師になりたかったんです。イメージは金八先生(笑)」

どんな人と働きたいと思いますか?

(T)「遊び心を持っている人が良いですね。僕自身『仕事は遊んでやらないとダメ』というスタイルなので。真面目な話をしているのに、突然適当なことを言い出してみたり。もちろん空気を読んだ上ですが。おちゃらけでみるんですね。またトラブルすらも楽しめる人が良い」

豊田さんがWebと出会ったきっかけは?

(T)「高1の頃でしたね。初めて友達の家でYahoo!を見たことを覚えています。ネットで調べものができることに驚きました。大学では事業構想学部という学部へ入りました。現場で働いている人が講師として来ている珍しいスタイルで。パワポとかプレゼンのスキルを教えてもらっていましたね」

どんな子どもでしたか?

(T)「小学校のときは海が怖くて泣いている子どもでした(笑)人見知りの激しい子だったんです。初めて幼稚園へ通った日に怖くて泣いていたくらいですから。弱っちい子でした。
中学のときは学級委員をするタイプになっていました。音楽祭で指揮者をしたことも。前に出ている感じでしたね。ちょっと悪くなって先生を泣かせてしまったことも(苦笑)。
高校では、1年目まではかなり勉強していました。なので高1の頃は試験の成績が、東大間違いなしと言われていたりとか。でも、それはダメだと感じて、そこから遊ぶことに決めました。極端なんです。そこからややグレてアウトローになり始めましたし。人生経験を積まないと面白い大人になれないな、と。チャラくなったのは高2くらいからですね。クラブへ行ったり、カラオケしたり、合コンしたりと普通に遊んでいました。クルマを持っているお姉さんを見つけに行ったりね(笑)」

人生に影響を与えた出会いは?

(T)「コミュニケーション能力…。大学の頃、ダイニングバーでバイトをしていました。変わったお店で、自分にお客さんがついてないとシフトを減らされちゃうんですね。常に名刺を持っていて『今日豊田くんいる?』という声が聞こえないとマズい。あ、ホストじゃないですよ(笑)。就活時、履歴書のバイト欄に『飲み屋』と書いたら、やはり上司に『ホスト?』と訊かれましたね。当時、同い年もしくは下の子とは話せていましたが、マダムたちの相手は難しかったです。韓流の話をするとのってくれる、というのは分かってきましたね。
バイトの面接時の話に戻りますが、当時の店長に『お前自分に自信ないだろ。今日俺の目見て喋ってねえだろ』と言われました。僕は面接をかなり上手くやり切った感じでいたのですが、見抜かれていました。それでもその後すぐ『お前4年間俺と働け。カッコ良くしてやるから』と言ってくれた、かなりアツい店長でした。
それまでは適当で、真面目に働こうと思わない生き方でした。働くなら、いかに手軽にお金を稼げるか、という観点でしか考えていなかったので。それが180度変わりました。ここで影響されたんですね。初めて真面目に働こうと思えたんです。また5年後、海沿いでカフェをやるのが夢なのですが、これもそこでバイトしたことが関係していると思います。あの出会いと経験は大きかった」

楽しく働きたい人たちへアドバイスを!

(T)「よく遊べ、ってことですね。凝り固まった考えは良くないです。コンサルタントなので課題に関して見つめ方は色々ありますが、とにかく遊んで面白い大人になること。また、マーケの知識とか世の中の動向も色々と知らなくてはいけませんが、物事を何でもゼロベースで見てあげられる心が必要。嘘を吐かないことも大事です。上に対しても下に大しても嘘はダメ。最後に、仕事をする上では素直であることと謙虚であることがとても大事です」

豊田崇史
83年生まれ。株式会社オプトでSEMコンサルタント。部長として全体を見つつ、部下の育成や統括に励む日々。

取材/文・写真 sonoko0511 取材協力/ 中目黒ラウンジ

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