「イケメンWeb男子カタログ Vol.10」 高梨 顕永さん

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Googirl編集部

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2011.09.02.Fri

第10回目のゲストは高梨 顕永さん(27)。株式会社サイバーエージェントで、媒体営業として働いているWeb広告男子。オシャレなルックスからはイケイケな香りが漂っていますが、実はかなり熱い思考を持つ真面目な仕事人。いつも全力で走っているイケメンWeb男子に密着してきました。

10代の頃、何に熱中してました?

(高梨 顕永さん 以下TA)「10代…中学から記憶があります。大きな出来事は2つあって、1つめはサッカーという部活。負けないためにどうすればいいかということを常に考えてました。『何でそこが勝つの?』と言われるようなチームになりたくて。僕は国立の中学だったんですけど、私立と違って国立の場合、強い選手がいるかどうかというのは運です(笑)。3年生のとき監督から、攻めの方が向いていると言われて、攻めに転じました。県大会までは行けたんですが、負けましたね…。がんばってたけど。
2つめは全国音楽合唱コンクール。有志で活動していて県予選を通過し、関東甲信越地区予選も通過でき、NHKホールで歌うことができたことですね。8/4000校の確率でした」

その後、地元湘南にある高校へ。

(TA)「高校へはチャリ通で、鎌倉から辻堂まで通ってました。結構かかります。山から行くコースと海沿いを行くコースの2通りあって、山からの方が速いんですけど、あえて海側から通ってました(笑)。高校では部活としてサッカーはしていません。湘南のJリーグの下部組織のジュニアユースに1年いて、それから地元のチームへ行きました。結構強いチームだったんですけど、もっと強くしなきゃという気持ちでいっぱいでした」

高梨さんと話していると、常に「強くなりたい」「上がっていきたい」という気持ちを感じる。強さが彼の武器でもあるのは、この頃からだろうか。

大学時代はどうしてました?

(TA)「最初の1年はサッカー部に所属してました。そこで挫折。プロになれる人は相当一握りで。チームの5~6人しかプロになれないんですね。僕はあの頃補欠で、試合で実際にボールを蹴ることはできなかった。プロにはなれないなと思って、割り切ってやめました。そうしているうちに就活の時期が近づいてきて…かなり考えてましたね。
当時、航空管制官とか国税専門官になりたかったです。あとはパイロット。航空系に魅力を感じていたのは、海外の人と交流できるから。家族に公務員がいないから珍しいという理由もあったかも知れません。実は兄がいるのですが、兄の同級生に国税専門官になった人がいて、話を聞いてみたりしていました。とにかく何になるか悩んでいて、1つの仕事をずっと長くやって、なかなか転職しないだろうなというところまで考えていましたね。最終的に、家業の関係から不動産業界を中心に受けてました」


悩みつつ、不動産系から内定をもらいつつも、当時兄が勤めていた影響から、サイバーエージェント(以下、サイバー)に入社しました。

(TA)「Webのことに関しては関心がない方でした。それでもサイバーでバイトを開始したのは、4年の時期がまるっと空いたから。企業で働いて、社会人の感覚を掴めたらいいなくらいの考えで。同時に色んなバイトをしてバランスも取ってました。居酒屋、横浜スタジアム、サイバーの3本立てで、52日間連続勤務のときも(笑)。バイトを始めたのは2006年あたりで、著名タレントブログが徐々に出てきた頃でした。仕事内容はバイトらしい感じで、著名人の中傷などのコメントやトラックバックを消す仕事とかでしたね」

社会人になってからはどんな仕事を?

(TA)「2007年まではブログの仕事をメインに扱ってましたが、その後、ゲーム内広告というのを運営するサイバーの子会社へ異動することになりました。大学4年の途中からですね。たとえば三国志オンラインとかのソーシャルゲームに広告を入れるんですね。Wiiのような、完成されたゲームの中へ広告を入れることは中々難しいですが、オンラインゲームには広告を入れて、差し替えていくこともできます。ゲームしてる人が広告をクリックして成果を上げるのは難しいんじゃないか、とか思いつつもやってましたね」

毎年10月は企業の内定式。高梨さんは内定をもらっていた不動産会社を辞退して、2006年春、新社会人のスタートを切った。

(TA)「不動産を辞退したのも、実はかなり悩んでました。悩んで、悩んで、悩んだ結果、入社したけど大丈夫かな俺? そんな気持ちで始まりました(笑)。同じ会社に僕と同じ年齢の新卒が入ってきたのもありますし。最初は敬語を使われてましたが、そういうのは徐々に取っ払ってもらったり」

一緒に仕事をした人で、イイ影響を受けた人はいますか?

(TA)「はい。とにかく2人の上司がスゴい人でしたね。社長はプレゼンが強いんです。人に伝える能力がずば抜けてて、資料なんかなくても口頭だけで相手を説得しちゃう。
反対にもう1人は資料が超細かいんです。資料だけで提案を決めてくる感じ。僕はこの2人からすごい勉強させてもらったと思ってますね。
プレゼンにしても資料作りにしても。他にもいます。新規事業をやり始めてて、ちょうど社員登用された時期かな。その当時の上司が、打ち合わせ1コにしてもすごくて。基本、合ってることしか言わないんです。あと「再確認」が多い(笑)。すべてのことにおいて再確認です。『それやってていいの?』『それしてどういう意味があるの?』とか詰められまくり。それで成長したっていうのもありますが。効果分析について厳しい人でした」

媒体営業の仕事をする上で心がけたことは?

(TA)「媒体営業って間に入る人なんですよね。まず代理店がいてというのがベースにあるので、お客様の声が見えづらいことも。代理店の営業の認識がずれているとやりづらくなる。とにかくコミュニケーションを取ることが大事。そうしておくことで、受動的に仕事を受けるシステムを作っていきました。
僕の営業理念は『対代理店とのコミュニケーションをどう取るか』『媒体を運営している人とのコミュニケーションをどう取るか』の2つ。コミュニケーションを取るコツは自分なりにですが、自然と共通点を掘り出すこと。関係値が近くないと難しいですから。聞かなくてもいいことでも聞いちゃったり(笑)。ネタをある程度持っているから会話に出していくとか」

いかにも営業っぽい高梨さんだが、最初は壁にぶち当たったという。

(TA)「最初の3ヶ月はさっぱり売れなかったんです。コミュニケーションが取れなかった、というのもありますが、計画性がまるでなかったです。施策もなくて。それからは、月初に入る前に次月の計画表をつくるようになりました。準備を念入りにするようになったんです。施策に関しては1ヶ月ごとに1個の施策をやってみて、効果が良ければまたやるというサイクルで回しました。また社内で調べることがあるときは、局長より現場の人へ。現場感を持っているのは、当然のことなんですが現場で第一線として働いている社員です。営業との同行案件を増やしたり、資料を作るとき、メディアガイド(媒体資料)、メニューガイド(媒体の広告メニュー資料)を分けて詳しくしたことは当たりました」

営業って数字ですよね。数字とどう向き合ってきました?

(TA)「1回数字を出す(売上を上げる)とノってきますよね。言葉は悪いかも知れませんが『ゲーム感覚』になってくるんです。目標数字をクリアするためにどうすれば良いのかを考えますし、管理している表なんかへ数字を入れることが、かなり楽しみになっていくんですよね。
さらに数字を詰むための作戦として、代理店の部署の朝会へ顔を出して現場の情報を仕入れるとか、ちょっとしたことをやってみてました。何が当たるかなんて実際やってみないと分からないものではありますね。でも数字が詰めなかったら意味がない。数字を上げるためにこんなことをやったら良いかな、というのは常に考えています」

人との出会いに恵まれている方ですか?

(TA)「恵まれているとは思います。人って環境を選べないですよね。どうやって、自分が働きやすい環境にしていくかということが重要。人を変えるなら、まず自分が変わらないといけない。ぶっちゃけ最初はココ微妙だな、と思った時期もあったんです。それでもだんだん恵まれてると思うようになりました。自分のやり方次第ですよね。
ただ、チームメンバーに恵まれ過ぎると、その中の成長ポイントが下がる気がしてます。いざ新しいことをやるときに、仲が良過ぎるとなかなかまとまらないです。サークルノリになると良くないので。そういったバランスが取れていると本当に最高です」

途中から後輩くんが合流。高梨さんと後輩くんを見ていると、大きな信頼関係が築かれているのが伝わってきます。後輩のメンターをすることになって、意識してきたことは何ですか?

(TA)「本格的にメンターとして、後輩を教えることは初めてです。良い意味で、どうしたら良いかというのを分かっていませんでした。距離は縮めたいとは思ってました。サッカーでは後輩にいい意味で馬鹿にされるケースが多いんですけど、仕事なのでバランスを取りたく(笑)。後輩が僕に訊きやすい状態を作ろうと心がけてきました。せっかく一緒に働くんだから愉しくやろうよ、というスタンス。
社会人になると、最初に上司とかメンターになった人の影響を受けますよね。僕もそうですし。教えてくれる人が規定になるものなんです。動物みたいに、最初に目に入った相手を親だと思うのと似てますね(笑)。よく言ってるのは『結論から言え』ということですかね」

3~5年後あたりは、どうなっているイメージですか?

(TA)「営業はしているかはわかりませんが、年齢柄、マネージャーになるという目標はありますね。将来的に、海外で働きたいと思ってます。インドネシアとか…アジアが良いなぁと。被災者の方向けにできることも考えている最中です。プライベートですか? 5年後くらいには、結婚はしてるかなぁ(笑)。自分でも家事や洗濯はしたいと思います」

社会人になってから今までを振り返ってみて

(TA)「僕は1ヶ所で長く仕事をしてきたスペシャリストではないです。むしろ色々なところを異動してきた組。いくつかのメディアの立ち上げ・運営、ゲーム広告、そして今の営業。やはり評価されやすいのは1ヶ所にいて成果を出してきた人ですが、色々やってこられたのはラッキーな感じだと思っています。1ヶ所にいない、色々やってるというのは、裏を返せば1個のことに集中していないということ。それでも色々なことに携われて経験を積めたことを、かなり前向きに考えています。オールラウンドな人間にはなれているのかな(笑)」

高梨 顕永
84年生まれ。サイバーエージェント。ブログ
Teitter:akinori0531

取材/文・写真 sonoko0511 取材協力/ 株式会社サイバーエージェント、BEE HOUSE

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